2007年01月19日

うひひ だけだと 品性を疑われるから。

断腸亭日乗のうひひなのは

大正七年 十二月廿二日
築地二丁目路地裏の家漸く空きたる由。竹田屋人足を指揮して、家具書筐を運送す。曇りて寒き日なり。午後病を冒して築地の家に往き、家具を配置す。日暮れて後桜木にて晩飯を食し、妓八重福を伴ひ旅亭に帰る。この妓無毛美開、閨中欷歔(ききょ)すること頗妙。

とか。

でも、おもしろいのは、人の悪口。この人、すごくコンジョワル爺で好きです。

昭和四年
三月廿七日。細雨糠の如し。雨中の梅花更に佳なり。(中略)帰途人形町にて偶然お歌に会ふ。市川団十郎待合の勘定百円ばかりを支払はざるにより、催促のため弁護士を伴い明治座楽屋に赴きし帰りなりといふ。(中略)この日偶然「文芸春秋」と称する雑誌を見る。余の事に関する記事あり。余の名声と富貴とを羨み陋劣(ろうれつ)なる文字を並べて人身攻撃をなせるものなり。「文芸春秋」は菊池寛の編集するものなれば彼の記事も思ふに菊池寛の執筆せしものなるべし。
四月初五。昨夜酒館太牙にて聞きたる事をここに追記す。酒館の女給仕人美人投票の催ありて両三日前投票〆切となれり。投票は麦酒一壜を以て一票となしたれば、一票を投ずるに金六拾銭を要するなり。菊池寛某女のために百五十票を投ぜし故麦酒百五拾壜を購(あがな)ひ、投票〆切の翌日これを自動車に積みその家に持帰りしといふ。これにて田舎者の本性を露(あらわ)したり。

まあ真面目に良いと思うのは、昭和16年から20年までの記述。
時勢に対する怜悧なまなざし。

最期の数日の記述もなんとなく泣けるなあ。
posted by カロリー1/3  at 18:21| 和歌山 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 本・CD・ビデオ・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
辞書片手に(読めない漢字が・・・?)読んでみたい!
小生も女性を伴ひ旅亭に帰りたい。
Posted by O〜 at 2007年01月19日 21:23
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